2022年7月3日日曜日

先住民イロコイ(オノンダガ)への領土返却のニュース

 先週末に先住民研究者界隈を賑わせたのは、イロコイ六部族連合の一つオノンダガに元々の領土の一部が返却されるというニュースでした。以下のCNNのニュースでも報じられているように、1000エーカーの土地が戻されますが、これは内務省によれば「国家が先住民に土地を返却した最大のもの」になるとのこと。オノンダガネイションも声明を出しています。

CNNの記事:歴史的合意でオノンダガが1000エーカーのNYの森林地を回復

https://www.onondaganation.org/uncategorized/2022/land_back_1023_acres/


この土地は電子機器製品製造会社のハネウェルが所有していましたが、河川と湖の工業汚染を引き起こしました。ハネウェルに対し合衆国魚類野生生物局とNY州環境保護局は汚染除去と現状復帰を求めます。その交渉の結果、元来の所有者であったオノンダガに返却することになったわけです。CNNの記事では書いていませんが、オノンダガの声明では、当局が部族の意見を聞いたとあり、オノンダガも何らかの形で交渉に加わっていた可能性は高いと言えるでしょう。今回の決定では、新しく環境保護の主体として先住民を位置付けています。

イロコイ部族連合が領土を失うのは、本日が記念日であるアメリカ独立を契機としています。イギリス領であった時代は、北米におけるイギリス帝国の最大のパートナーとして、収奪の矛先が向けられることは僅かでした(その代わりイロコイは他の部族の土地を大規模に売ります)。1783年のアメリカ独立後、州の負債を償却し、経済を繁栄させるためにNY州政府、とりわけ知事のクリントンが目を向けたのが州の西北部の大半を占めるイロコイ領でした。実はNYは開拓地としては規模の小さな植民地で(人口は独立時に6番目)、クリントンはイロコイの土地に自営農民を入植させ、開拓地と人口の増加を目指したのです。イロコイは、独立戦争で多くがイギリス側についたために弱体化しており、「賠償」を求める州の圧力には弱い立場でした。さらに州は連合の各部族、さらに部族内の弱い立場の指導者と交渉し、次々に大規模に土地を買収します(1785年の条約だけで46万エーカー)。連合会議はこうしたNYのやり方に批判的でしたが、周知の通り権限がほとんどなく指を咥えて眺めるしかありませんでした。すでに1790年にはイロコイ部族連合のほとんどの土地はNY州へと割譲されました。

憲法制定後の1790年に制定された「先住民通商交易法」は、先住民との土地取引を連邦政府のみに制限しました。しかし連邦政府が主に法規制の対象としたのは、売却して連邦政府に収益がもたらされ、かつ外国の介入が不安視される北西部と南西部の領土(特にイギリス割譲地)であり、NY州内のイロコイ領には介入を控えます。こうしてさらに買収が進み、1800年になるまでにはイロコイ領に残った土地は、独立戦争前のわずか4%にすぎませんでした。



この時イロコイが失った領土の規模に比べれば、今回の返却は雀の涙にすらならない規模です。ただ歴史は一方向にのみ進むのではなく、環境保護のような新たな価値意識の台頭やアクターの活動が功を奏すれば、異なる方向もあり得ることを示しているのかもしれません。

以上のイロコイとNYの関係史については、アラン・テイラーの名著The Divided Groundが詳しく論じていますのでご参照ください。(森)

https://www.penguinrandomhouse.com/books/176725/the-divided-ground-by-alan-taylor/

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