2022年7月15日金曜日

アイラ・バーリン(落合明子/白川恵子訳)『アメリカの奴隷解放と黒人:百年越しの闘争史』(明石書店、2022年)

 今年出版された初期アメリカの和書において特筆すべきは、バーリンの翻訳『アメリカの奴隷解放と黒人』ではないでしょうか。残念ながらバーリンが2018年に死去したために最後の著作となってしまいましたが、2015年の出版からわずかな期間で読めるという幸運に恵まれたことは、訳者の方々には感謝の念しかありません。

バーリンの研究は、主として奴隷制とそこで生きる黒人の主体的生(とその多様性)を扱ってきましたが(和訳『アメリカの奴隷制と黒人』など。これも名著です)、本書は、奴隷解放の歴史を扱っています。訳者の解説でも書かれているように、本書は実証的な事例研究というよりも、従来の研究を総合した概説です。ところがそこはバーリンで、いわゆる「奴隷主国家」論はもちろんのこと、アラン・テイラーの2013年の The Internal Enemyやフォーナーの2015年のGateway to Freedomなど近年の研究成果もふんだんに取り入れており、最新の黒人奴隷制史、さらにはアンテベラム論に触れることができる点が本書のメリットでしょう。
奴隷解放の歴史像に関する本書の枠組みもバーリン独特であり、その中で個々の新しい事実が生き生きとした意味を持ってきます。すなわち奴隷制廃止は南北戦争とリンカーンの奴隷制廃止という政策で実現したのではなく、黒人、白人の民衆レベルでのアクターが1世紀以上にもわたって、局地的に実践した、数多の運動の結果であるというものです。むろん奴隷制反対に対する奴隷主や北部白人による反発も大きく、本書ではその生々しい様も描かれます(1810年代末にフィラデルフィアで自由黒人の誘拐が頻発していて当局も噛んでいたことなど驚きます)。それゆえに各地の黒人は、請願をし、裁判をし、自分たちを見下す白人の解放論者(しばしば奴隷を所有しました)に協力を依頼し、といった地道な活動を日々行っていました。解放に向かう足取りが鈍い一方で奴隷制度は拡大し、読んでいても、本当に奴隷制が終わるのか心配になってきます。ともあれ個々の反奴隷制アクターと奴隷維持勢力との局地戦と部分的勝利の積み重ねの結果として、奴隷解放は起こったというわけです。なるほど、こうした考え方を取れば、自分がやっている一つ一つの事象にも意味があるのかと勇気ももらえる書物です。
訳者の落合先生が後書きで近年の奴隷解放の研究史も書いていて大変助かりますが、ここでも話はどんどん進んでいるようで困ります。本書は次の研究に向けての大きな地ならしとでも言えるでしょうか。
(森)


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