2022年7月24日日曜日

マサチューセッツの船乗り、Benjamin Bangsと帝国

 


 森先生から招待いただきました、九大修士2年の高橋と申します。帝国史の観点から海軍強制徴募と初期アメリカの船乗り研究をやっています。どうぞよろしくお願いします。


 先生方、数々の貴重な史料・文献・学会などの情報を紹介下さり、感謝申し上げます。まだまだ勉強不足で、情報集めに四苦八苦しているので大変助かります😂


 さて、私のほうからは史料読解の成果を挙げていければと考えております。現在、修論に向けて船乗りの日記を読んでいるところです。Massachusetts Historical Societyのオンラインカタログから、森先生にご協力いただいてみれるようになった史料です。


Pre-Revolutionary Diaries at the Massachusetts Historical Society, 1635-1790 (masshist.org)


↑この日記集に所収されているベンジャミン・バングス(Benjamin Bangs)という船乗りの日記です。


 Transcript of Benjamin Bangs Diary, 4 volumes, 1742-1762, Ms. N-1797, in Massachusetts Historical Society Pre-Revolutionary Diaries Microfilm P-363, reel 1.19-22; Genealogy of Benjamin Bangs, Massachusetts Historical Society, Boston.


 バングスはマサチューセッツ植民地バーンズダブル郡ハーウィッチに住んでいた白人ピューリタンで、捕鯨や漁業に携わる船のオーナー(祖父や曾祖父も船のキャプテンだった模様)でした。初期ピューリタン(おそらくイングランドからプリマスに移住)の子孫で、墓石(下画像)も残されております。白人の多いマサチューセッツの典型的な多数派だったといえると思います。


(出典 Benjamin Bangs (1721-1769) - Find a Grave Memorial 最終閲覧2022/07/24)


 彼は22歳のときから日記を書き貯め、①1742-49、②1759-61、③1761-63、④1763-65の計4冊が残っています(残念ながら1750-58の期間のものは消息不明)。


 私はいわゆる「第一次帝国」期に関心があるので、①を読み進めているところですが、海軍強制徴募(naval impressment, 史料だとpressやprest, impressedなどの単語で登場する)に関する話が散見されます。


 バングスの史料自体のうち①は船乗りの日常史(Magra 2009)などで引用されてきました。 

    

 最近では、アメリカ独立革命史を帝国史や大西洋史の成果も踏まえて強制徴募と民衆暴力の観点から描き切ったクリストファー・マグラの著作(Magra 2016)で、1747年のボストン反強制徴募暴動やそれ以前の強制徴募の目撃証言の記述が引用されています。

 ↓日記の形式はこんな感じです。

 


 左縦一列に日付が書かれていて、大体1日1~3行ずつのその日の内容が書かれています。日々の風向きや天気、漁業や取引の成果などが多く書かれているので、日記というより航海日誌の側面も強いのですが、本人が冒頭で


「ベンジャミン・バングスの人生に関するメモと端的な記録。自己満足のためにいくつかの報告書と注目すべき出来事も含む。a memorandum or short acc[oun]t of my Life of Benj[ami]n Bangs containing some Transactions and most Remarkables for my own satisfaction」(冒頭2ページ)


と書いているように、フランスの私掠船や強制徴募との遭遇についてや、本国のニュースもときどき書かれています。


 例えば以下の一節。

「私たちはボストンに到着し、激しいホットプレス(緊急強制徴募)を恐れて麦の中に隠れた。We came out and got to Boston & hid in the oats for fear of the press which is very hot.」(1743/10/19, 20)

 ボストンで強制徴募に遭遇しかけたバングスは、船に積んでいたであろう麦の中に隠れています(この前の日に、粉屋と一緒にボストンに向かう予定だと書かれていました)。バングスは1740年代の間に何度もこの強制徴募に関する記述をしておりますが、当時ブリテン帝国を支えた王立海軍のリクルート手段である強制徴募との遭遇が決してまれではなかったことが垣間見えます。


 他にも、船の乗組員として先住民を抱えていたり、1760年代には奴隷貿易に携わっていたりと、マサチューセッツの白人ピューリタンながらも最近のアメリカ史研究でホットな観点から色々分析できそうな面白い史料だと思っています。さらには、宗教史(ニューライトやホィットフィールドに関する記述あり、Winiarski 2017)の文脈でもこの史料の研究が進みつつあるようです。


 マサチューセッツという、古来は「普遍」的なモデルだとされ、グリーンらによってヴァジニアなどとの比較からかえって「特殊」だとされた植民地の中にも、船乗りというミクロレベルの視点を主軸にしつつ、大西洋史や帝国史の観点、さらには人種などの観点から切り込める余地があるのでは…と思って読解を進めております。手稿史料なので文字起こしから始まり大変ですが、今から200年近くも前のひとびとの書いたものを掘り起こしていると思うと感慨深いものがあります。

 未熟な若輩者ですが、ためしに投稿してみました。先行研究の理解や史料分析に関して、浅いところも多いかと思います。なにかお気づきの点がありましたらコメントでご助言等いただけると大変有難いです。

 今後も史料読解の成果の一部を少しずつ投稿してみようかと存じております。

 どうぞよろしくお願いします。


<参考文献>

 Magra, C. P. 2009: The Fisherman's Cause: Atlantic Commerce and Maritime Dimensions of the American Revolution. Cambridge.

   Magra, C. P. 2016: Poseidon's Curse: British Naval Impressment and the Atlantic Origins of the American Revolution, Cambridge.

 Winiarski, D. 2017: Darkness Falls on the Land of Light: Experiencing Religious Awakenings in Eighteenth-Century New England, North Carolina.


 (高橋)

2022年7月22日金曜日

AMERICA 2026


https://www.america2026.eu


独立宣言250周年の2026年が近づいていますが、アメリカだけでなく、ヨーロッパでも250周年プロジェクトが着々と進められています。知り合いのフランス人研究者がシェアしてくれた、America 2026というプロジェクトを紹介します。アメリカのOmohundro InstituteやAmerican Philosophical Societyとも提携しつつ、フランスを中心に西ヨーロッパの研究者たちが共同でシンポジウムなどを組織しているようです。これまでのシンポジウムも、アメリカ革命の史学史や記憶をめぐるものやアメリカとモンテスキューの関係についてなど、興味深いものばかりです。Alan Taylorをはじめとして、登壇者も豪華。日本でも何か形に残るプロジェクトを出来ればよいと思うのですが。(言ってるだけではなくて、お前がやれって言われそうですね。笑)(鰐淵)

2022年7月19日火曜日

クロノン『変貌する大地:インディアンと植民者の環境史』


Twitterでどなたかがアップロードしていたウィリアム・クロノンの名著の表紙が素晴らしい。芸術的かつ的確な表現方法に感激します。この絵は入植者を描かずにイギリス人入植者の設置した柵を描き、かつ手前の元来のニューイングランド(雪で表象)の自然と対比することで「変貌する大地」を表現しているわけです。この本もありがたいことに翻訳されています。

変貌する大地

クロスビー、マクニールも翻訳されており、環境史の基本文献は和書でかなり読めます。

クロノンが描いた先住民の世界の変容を北アメリカの大陸大で描いているのが現在のこの分野の状況と言えるでしょうか。ただクロノンに比べて、現在では、先住民が主体的にヨーロッパ産物資を受容し、サバイバルを図るなかで北アメリカの環境の変容に一定の寄与をしたという歴史像へと変わって来ています。そうした研究の翻訳も欲しいところ。

2022年7月15日金曜日

アイラ・バーリン(落合明子/白川恵子訳)『アメリカの奴隷解放と黒人:百年越しの闘争史』(明石書店、2022年)

 今年出版された初期アメリカの和書において特筆すべきは、バーリンの翻訳『アメリカの奴隷解放と黒人』ではないでしょうか。残念ながらバーリンが2018年に死去したために最後の著作となってしまいましたが、2015年の出版からわずかな期間で読めるという幸運に恵まれたことは、訳者の方々には感謝の念しかありません。

バーリンの研究は、主として奴隷制とそこで生きる黒人の主体的生(とその多様性)を扱ってきましたが(和訳『アメリカの奴隷制と黒人』など。これも名著です)、本書は、奴隷解放の歴史を扱っています。訳者の解説でも書かれているように、本書は実証的な事例研究というよりも、従来の研究を総合した概説です。ところがそこはバーリンで、いわゆる「奴隷主国家」論はもちろんのこと、アラン・テイラーの2013年の The Internal Enemyやフォーナーの2015年のGateway to Freedomなど近年の研究成果もふんだんに取り入れており、最新の黒人奴隷制史、さらにはアンテベラム論に触れることができる点が本書のメリットでしょう。
奴隷解放の歴史像に関する本書の枠組みもバーリン独特であり、その中で個々の新しい事実が生き生きとした意味を持ってきます。すなわち奴隷制廃止は南北戦争とリンカーンの奴隷制廃止という政策で実現したのではなく、黒人、白人の民衆レベルでのアクターが1世紀以上にもわたって、局地的に実践した、数多の運動の結果であるというものです。むろん奴隷制反対に対する奴隷主や北部白人による反発も大きく、本書ではその生々しい様も描かれます(1810年代末にフィラデルフィアで自由黒人の誘拐が頻発していて当局も噛んでいたことなど驚きます)。それゆえに各地の黒人は、請願をし、裁判をし、自分たちを見下す白人の解放論者(しばしば奴隷を所有しました)に協力を依頼し、といった地道な活動を日々行っていました。解放に向かう足取りが鈍い一方で奴隷制度は拡大し、読んでいても、本当に奴隷制が終わるのか心配になってきます。ともあれ個々の反奴隷制アクターと奴隷維持勢力との局地戦と部分的勝利の積み重ねの結果として、奴隷解放は起こったというわけです。なるほど、こうした考え方を取れば、自分がやっている一つ一つの事象にも意味があるのかと勇気ももらえる書物です。
訳者の落合先生が後書きで近年の奴隷解放の研究史も書いていて大変助かりますが、ここでも話はどんどん進んでいるようで困ります。本書は次の研究に向けての大きな地ならしとでも言えるでしょうか。
(森)


2022年7月9日土曜日

独立革命と暴力について

 今年はなかなか物騒な事態が起きますが、少し前から、初期アメリカ史でも政治と暴力がテーマとして取り上げられてきてることも事実です。独立革命・戦争についてもトランプ政権の成立前のAmerican Revolution Reborn(2013)の段階でかなりこの点は話題になっていたので、一過性の現象ではない気がします。私が知る限りでも、次のような本も出ています。

Scars of Independence:America's Violent Birth

Between Sovereignty And Anarchy The Politics of Violence in the American Revolutionary Era

前者はこれでもかと革命時の暴力を生々しく描いていて、読んでいて辛くなります(タールフェザーは全身火傷になると初めて知りました)。後者は特に暴力と革命という主題から史学史的な批判を行い、「フランス革命のように」民衆の実力行使が革命の展開において大きな力を持ったという議論を行います(具体的には宗教の暴力や動員、植民地政府の崩壊といった主題)。先住民との融和を図るイギリス政府・植民地政府に入植者が不信を抱き、暴力で政府を崩壊させていったとするグリフィンの議論が典型でしょう。こうした革命論はなかなか教科書的な公的物語になるのは難しいでしょうが、ヴァジニアのポウハタン戦争以後の植民地時代史を前提に、後のアンテベラム期の激しい民衆暴動を思えば、さもありなんという気もします。この点で時代をつなぐための革命に関する良書は(常に戦っている歴史家!)ウッディ・ホルトンが憲法体制の成立と民衆暴力を扱ったUnruly Americansでしょうか(この本はすごい面白いです)。

https://us.macmillan.com/books/9780809016433/unrulyamericansandtheoriginsoftheconstitution

Unruly Americans and the Origins of the Constitution

(森)

2022年7月3日日曜日

先住民イロコイ(オノンダガ)への領土返却のニュース

 先週末に先住民研究者界隈を賑わせたのは、イロコイ六部族連合の一つオノンダガに元々の領土の一部が返却されるというニュースでした。以下のCNNのニュースでも報じられているように、1000エーカーの土地が戻されますが、これは内務省によれば「国家が先住民に土地を返却した最大のもの」になるとのこと。オノンダガネイションも声明を出しています。

CNNの記事:歴史的合意でオノンダガが1000エーカーのNYの森林地を回復

https://www.onondaganation.org/uncategorized/2022/land_back_1023_acres/


この土地は電子機器製品製造会社のハネウェルが所有していましたが、河川と湖の工業汚染を引き起こしました。ハネウェルに対し合衆国魚類野生生物局とNY州環境保護局は汚染除去と現状復帰を求めます。その交渉の結果、元来の所有者であったオノンダガに返却することになったわけです。CNNの記事では書いていませんが、オノンダガの声明では、当局が部族の意見を聞いたとあり、オノンダガも何らかの形で交渉に加わっていた可能性は高いと言えるでしょう。今回の決定では、新しく環境保護の主体として先住民を位置付けています。

イロコイ部族連合が領土を失うのは、本日が記念日であるアメリカ独立を契機としています。イギリス領であった時代は、北米におけるイギリス帝国の最大のパートナーとして、収奪の矛先が向けられることは僅かでした(その代わりイロコイは他の部族の土地を大規模に売ります)。1783年のアメリカ独立後、州の負債を償却し、経済を繁栄させるためにNY州政府、とりわけ知事のクリントンが目を向けたのが州の西北部の大半を占めるイロコイ領でした。実はNYは開拓地としては規模の小さな植民地で(人口は独立時に6番目)、クリントンはイロコイの土地に自営農民を入植させ、開拓地と人口の増加を目指したのです。イロコイは、独立戦争で多くがイギリス側についたために弱体化しており、「賠償」を求める州の圧力には弱い立場でした。さらに州は連合の各部族、さらに部族内の弱い立場の指導者と交渉し、次々に大規模に土地を買収します(1785年の条約だけで46万エーカー)。連合会議はこうしたNYのやり方に批判的でしたが、周知の通り権限がほとんどなく指を咥えて眺めるしかありませんでした。すでに1790年にはイロコイ部族連合のほとんどの土地はNY州へと割譲されました。

憲法制定後の1790年に制定された「先住民通商交易法」は、先住民との土地取引を連邦政府のみに制限しました。しかし連邦政府が主に法規制の対象としたのは、売却して連邦政府に収益がもたらされ、かつ外国の介入が不安視される北西部と南西部の領土(特にイギリス割譲地)であり、NY州内のイロコイ領には介入を控えます。こうしてさらに買収が進み、1800年になるまでにはイロコイ領に残った土地は、独立戦争前のわずか4%にすぎませんでした。



この時イロコイが失った領土の規模に比べれば、今回の返却は雀の涙にすらならない規模です。ただ歴史は一方向にのみ進むのではなく、環境保護のような新たな価値意識の台頭やアクターの活動が功を奏すれば、異なる方向もあり得ることを示しているのかもしれません。

以上のイロコイとNYの関係史については、アラン・テイラーの名著The Divided Groundが詳しく論じていますのでご参照ください。(森)

https://www.penguinrandomhouse.com/books/176725/the-divided-ground-by-alan-taylor/